着物メーカーとフリースクールの運営団体が全面支援した、児童養護施設出身の新成人が迎えた成人の日ルポ

和の装いに関する話題

着物メーカー、優彩苑株式会社(本社:東京都台東区、代表取締役:中瀬賀暁)と、フリースクールを運営する一般社団法人手と手(事務局:東京都板橋区、代表理事:浅見亨)が去る1月11日、着物一式と着付・ヘアメイク、写真撮影など、成人の日を迎える児童養護施設出身の女性を全面支援した一日に密着取材。その心温まる模様をご紹介する。(PRTIMES)

■緊急事態宣言の中、迎えた東京都の成人の日

新型コロナウイルスの感染拡大が広がる中で迎えた1月11日の成人の日。多くの自治体では式典が中止・延期となり、新成人にとってはある意味、忘れられない一日となった。この日着るはずだった晴れ着を着る機会を失った新成人もかなりの数に上る。だがその一方で、せっかく用意したのだからと、予定通り晴れ着を着て記念撮影を楽しむ新成人も少なくはなかった。中でも観光客で賑わう浅草には華やかな新成人たちが雷門、仲見世通り、浅草寺、などインスタ映えするスポットで思い思いの記念写真を撮影していた。
都内に住む新成人の女子大生、Aさんもその一人。目の覚めるような真っ青な晴れ着は誰よりも目立っていたが、彼女を取り巻く大人たちの数も多く、雑誌の撮影なのかと見間違うほど。聞けば、その大人たちは彼女に晴れ着を着せて成人式に参加させてあげようと集まった有志たちだった。
■現実的に厳しかった成人式への参加
Aさんは18才まで児童養護施設で育ち、奨学金で大学に進学。成人式には行きたかったが自分で晴れ着を用意する余裕などなく、平服で行くくらいのイメージだったと言う。着飾った友人たちの中で、さすがに自分だけが平服だと気後れするかも知れない。友人たちに気を遣わせるかも知れない。だったら行かない選択もある、と漠然と思っていたと振り返る。そこに思いがけず、晴れ着を提供してくれるだけでなく、着付けやヘアメイク、さらには撮影までと、成人の日を完全にバックアップしてくれる申し出があったと、施設からAさんに連絡が入った。
彼女にとって夢のような提案をしたのは、不登校の生徒たちの自立・自活・成長を支援するフリースクールを運営する一般社団法人、手と手の代表理事を務める浅見亨さん、浅草と銀座の2店舗「はんなり」で着物の販売・レンタルを行う優彩苑株式会社の代表取締役・中瀬賀暁さん。二人はある会合の飲み会で意気投合。何か自分たちでできる慈善活動はないだろうかとの話から、児童養護施設を巣立った新成人を支援する今回の試みを思いついた。

■飲み会の席から生まれた小さな支援
晴れ着一式を提供した中瀬社長は「もともと当社は若い方々に着物への興味を促し、業界の認知度を上げるため、ドラマや映画に協賛、雑誌撮影にも協力するなど、これまでにも衣裳提供してきた実績があります。前々から何かやりたいとは思っていましたが、コロナ禍で着物が売れなかったこの一年、買いたたかれ無理して販売するよりも、誰かに喜んでもらった方がいいと、この支援を提案しました」と、そのいきさつを語る。
ただ、行政に話を通しても、なぜ一つの施設に限定するのか、かかる諸経費はどうするのかなどの意見が出るのは想像に難くない。さらには申請・手続き・報告の手間などを考えると、時間ばかりかかり成人式には到底間に合わない。浅見理事長は「組織化するといろいろな制限が出てくることから、いっそ組織にせず動こうと。まず民間で動かし、後から法律を変えればいいと先んじて動くことはよくあります。まずは我々が楽しみながらできる、小さな支援から始めることにしました」と振り返る。
 
■できるなら徹底し、晴れ着の仕立てから

「どうせやるなら、ありものの着物を提供するより仕立てるところからやりたい。だったら最低でも2カ月はかかる。9月からとりかからないと間に合わない。本当に僕はやるよと、7枚の反物を仕立てに出し、12月に実際に見てもらうスケジュールを出しました」とは中瀬社長。やると決めたら即動くのがいかにも江戸っ子の中瀬社長らしい。「では本格的にやりましょう。でもやり始めたら今後もやり続けなければ意味がありませんから」と覚悟を決め、浅見理事長はこの支援を喜んで受けてくれる知り合いの施設をあたった。
そこで白羽の矢が立ったのがAさんだった。彼女は12月、優彩苑が着物を通して日本文化を楽しんでもらおうとお茶会などを行っている「はんなりサロン」に児童養護施設の先生と一緒に招待され、お茶を立ててもてなしていただいた後、7枚の晴れ着の中から成人の日に着る一枚を選んだ。それは真っ青な布地にろうけつ染で菖蒲が描かれた、あでやかでありながら品のある「菖蒲振袖」だった。その価格は200万円。支援で衣裳を提供するレベルを超えているところに、二人の心意気が見える。■自らが選べる晴れ着とコーディネート
この日、立ち会った先生たちも「人生の節目に何かしてあげたいと思いながらも、すべてが持ち出しになるため、厳しい現状ではありました。そんな中、自分たちでは決してできない、ありがたいお申し出には感謝の言葉しかありません。しかもその日のために新しく仕立てられ、数枚の中から本人自身が選べるなんて、物凄く稀なケースだと思います」と驚きを隠せない。
そしてヘアメイク、着付けは群馬県で美容室を営む有限会社えむ代表取締役、前原享明ご夫妻が担当することに。成人の日を前に、ヘアメイクのスタイル、バッグや草履などの小物やアクセサリーをAさんと一緒に選び、シルバーをベースにしたコーディネートが決まった。さらに顔そり、フェイシャルエステ、マツエクまで受けさせてもらう万全の体制で、あとは成人の日を待つばかりだった。

■孤立していないと思えた歓びと安心感

そして当日、見事な快晴。朝早くから浅見理事長がAさんを車で迎えに行き、着付けを行う「はんなりサロン」へ。畳敷きの大広間からは東京を象徴するスカイタワー、墨田川越しにはアサヒビール本社ビルの金色オブジェが見える。そんな絶景の茶室でヘアメイクは行われた。
2時間半かけて準備が行われ、今か今かと待ち受けていたのは施設の先生たちと、有志のみなさん。柄だしを考慮してアレンジを施し結ばれた金色の帯、さらに銀色の小物が優雅であでやかな姿を引き立てる。みんなから一斉にため息が漏れ、一度着付けした姿を見ている先生も「大人に見える」と晴れの姿に感動を抑えきれない様子だった。
何よりも多くの人に見守られ、成人の日をきっかけにネットワークが広がっていく実感。社会とのつながりを感じ、孤立していないと思えた歓び、いろんな人に支えられている安心感は、Aさんだけでなく、先生方にも強く沸き起こったと言う。

■2時間にも及んだ浅草での撮影

その後、カメラマンと共に一行は浅草の街へと繰り出し、はんなりサロン近くの吾妻橋から撮影を開始。雷門では定番の大提灯前はもちろん、人力車に乗った姿も写す。多くの人々からお祝いの言葉を受けながら、仲見世通り、浅草寺、伝法院通りと、カメラマンと仲良く会話をしながら一つずつ撮影場所やシチュエーションを決め、フォトジェニックな写真が次々撮られていく。
だが気温は4℃。ダウンジャケットを着ていても寒さが沁みる今冬一番の寒さに、手がかじかみカメラマンの要望通りに掌を伸ばすポーズがなかなか取れない一幕も。だが、Aさんは「楽しすぎる」と、2時間かけての撮影を終始にこやかにこなした。
「10割増しの可愛さ」「今日一日どれだけ彼女のことを可愛いといったことか」と同行した人々の言葉からも、今回初の試みとなった成人の日の晴れ着支援は大成功となった。その姿を見ているだけで幸せな気持ちになれる、感動があった。Aさんは「たくさんお世話になったみなさんに、一生かけて恩返しをしていける人になりたい」と成人となった抱負を語ってくれた。

■後輩たちに勇気と希望を与えた晴れの姿

その後、一行はAさんが育った施設へと向かい、同行できなかった先生方や後輩たちにその姿を披露。その輝いている姿は多くの人に勇気と希望を与えてくれたことだろう。来年、同施設で成人式を迎える新成人は3人。さてどうするかと、早くも浅見理事長、中瀬社長は来年に向けての話を進めている。また、今年は七五三での支援も具体的に進める予定だと言う。

コロナ禍で、新成人にとっては厳しく寂しいニュースが相次いだ成人の日。心温まるこの一つのエピソードで、この日が若い人々にとって大切な節目であることも再確認できた。どんな状況であれ、家庭の事情があれ、来年は一人でも多くの新成人たちに、思い出に残る晴れの日を迎えてほしい。